現在お世話になっています。国宝の仏教画で秘仏とされる「絹本著色不動明王二童子像」(青不動)でも有名なの京都府 天台宗 青蓮院門跡 大護摩堂建立工事を紹介します。現在は大工工事中で静岡の宮大工さんが、完成に向け日々頑張っております。京都の仕事で静岡の職人が手がけるのは、目面しいですね。今回設計の先生のご縁で、この工事に直接携わる事ができました。
青蓮院は門跡(皇族・貴族が住職を務める特定の寺院)で天台宗京都五門跡 の一つとなります。 又 皇室とはは親戚で 前門主、東伏見慈洽(ひがしふしみ・じごう)さんは天皇陛下の叔父で昭和天皇の妻 香淳皇后と姉弟となり、皇室とも繋がりの深いお寺です。 天明8年(1788年)、天明の大火で内裏が焼失した折、仮御所にもなった事から粟田御所とも呼ばれているお寺でもあります。
今回青蓮院様では東山山頂の飛び地境内に大護摩堂建立する事になり、こちらの屋根工事でお世話になる事になりました。実はこちらの建物新築ではなく移築し復元する工事で、北野天満宮の近くにあった大正時代に建てられた京都府警の武道場「平安道場」を移築して外陣とし、内陣に護摩壇を備え、斜面に面した北側には、長さ約40メートルの外部護摩壇を設けるという大きな工事です。
東伏見慈晃門主は「この事業は、戦前の大日本武徳会の京都支部道場の平安道場であったものを解体移築して、大護摩堂として保存再生する事業です。この建物は、奈良の大仏殿の横幅半分ほどの大きさの、木造総檜造りの大武道場です。戦後マッカーサー占領後、建物は取り壊しを免れ、京都府の管理下におかれ、京都府警の警察官の柔剣道の道場として長く使用されていました。しかしながら大分以前から雨漏りの手当てが悪く損傷が顕著となり、結局、京都府は破棄処分としてしまったため、保存運動が起きていました。ところがこの保存運動が暗礁に乗り上げ、縁があり私の方に話が回ってきました。現物を専門の先生と一緒に見たところ、木造大建築の文化財級の建物で、破棄することはあまりにも惜しいと感じました。またマッカーサーが壊さなかったものを、日本人の手で捨ててよいのか。それも武道というもっとも日本の精神を顕す舞台であったわけで、その精神を踏みにじるものとも思えました。青蓮院では、本物の青不動さまをおまつりするお堂の建立を、東山山頂の飛び地境内、将軍塚に計画しておりました。それだけであれば、それほど大きな建物は必要ないのですが、なんとかこの大武道場の建物を護摩堂に活用して保存しなければとの強い思いに至りました。」と語っております。
「平安道場」は京都府からの無償譲渡を受け 京都府の承認、そして京都市の外部の審議会に計って建築の承認を得た建造物だとか。また「清水の舞台」の約5倍の広さの木造大舞台(1046平方メートル)を設け、標高200メートル以上の境内からは京都市内を一望することができます。
京都がこのように一望できます。
使用している瓦は奈良産の瓦でこの工事の為に復元した瓦です。
施工は平成の工法で縦桟工法を採用しております。
掛瓦の取り付けです。宮大工さんの美しい蓑甲の下地に合わせて施します。
巴ですが三つ巴で数珠の無い巴を復元しております。
復元した鬼瓦の据付です。本体と足と3つに分かれます。重いですよ!
ジャンパーを着て作業してますが・・・・実は噂の空調服ファン付きです。職人さんはこの涼しさはやめられないだとか
京都の文化財級の工事です。いつもと同様気合を入れて工事します。
大棟は一部板金ですが、鳥居を使用し工事します。
右の写真は、空調服使用の職人さんです。写真は冬のようです・・・
暑い中お疲れ様です。完成に向けがんばりましょう